編集長が選ぶ救いのない絶望系映画 第1回『ダンサー・イン・ザ・ダーク』―善良に生きることは幸福なのか

<あらすじ>

視力を失いつつあるセルマは、幼い息子のために働きながら、ひそかに手術費を貯めている。しかし、ある出来事を境に、彼女の日常は少しずつ崩れていく。どれほど現実が残酷でも、セルマは歌い、踊り、頭の中に別の世界をつくる。


この映画が突きつけてくるのは、「善良に生きることと、幸福は本当に同じなのか」という、あまりにも苦い問いだ。人を傷つけず、誰かを思い、自分の欲望よりも大切なものを優先して生きる。それは確かに美しいことなのかもしれない。だが、その生き方が必ずしも本人の幸福につながるとは限らない。

私たちは、どこかで「正しく生きていれば、最後には報われる」と信じている。

努力すれば認められる。人に優しくすれば、自分も優しくされる。誰かのために何かを犠牲にすれば、その思いはいつか報われる。そういう物語を、知らないうちに人生の前提にしているのかもしれない。

この映画は、その前提を容赦なく壊していく。セルマは決して完璧な人間ではない。それでも、自分にとって何より大切なものを守ろうとする。

その選択は、傍から見れば愚かにも見えるし、「もっと別の生き方があったのではないか」とも思える。それでも彼女自身にとっては、それ以外の選択が考えられないほど切実なものだったのではないか。

だからこそ難しい。私たちは結果だけを見て「間違っていた」と言えるのだろうか。それとも、その人が何を守ろうとしていたのかまで含めて、その人生を考えるべきなのだろうか。

むしろ『ダンサー・イン・ザ・ダーク』では、善良であろうとすること、誰かを愛すること、未来のために何かを犠牲にすることが、少しずつ彼女自身を追い詰めていく。愛することは、必ずしも相手と自分を幸せにするわけではない。正しい選択が、必ずしも幸福な結末を連れてくるわけでもない。

では、人は何をもって「幸せだった」と言えるのだろう。長く生きることなのか。苦しみが少ないことなのか。誰かに愛されることなのか。それとも、自分が最後まで守りたいと思ったものを守れたことなのか。

結果だけを見れば悲劇でも、本人にとっては、それでも守りたかったものがあったのかもしれない。だからこそ、この映画は「悲しい映画だった」だけでは簡単に片づけられない。観る側の価値観によって、セルマの選択は正しくも間違っているようにも見えてしまうからだ。

観終わったあと、「あれでよかったのかな」という問いから逃れられない。正解を教えてくれる映画ではなく、自分自身に「幸福とは何か」「誰かのために生きるとはどういうことか」と問い返してくる映画なのだ。

「映画を観て、しばらく立ち直れなくなる」という経験は、そう多くない。しかし、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』は、私にとってその数少ない一本だ。

一度観ると、1週間くらい引きずる。

しかも、私がこの映画を観たのは、仕事で行き詰まり、心がかなり弱っていた時期と重なり、絶望度はものすごく高かった。映画の内容と自分の精神状態が、最悪のタイミングで重なってしまったのだと思う。

当時は「なんとか救われたい」と思って、1日に5件くらい神社を参拝していた。今振り返ると、映画を観ている場合ではなかったのかもしれない。でも、そんな時期に観てしまったからこそ、この作品の絶望感は、今でも妙にリアルに記憶に残っている。

だから、この映画はできれば元気なときに観てほしい。

……いや、なぜこの内容の映画を元気なときにすすめるのか、という話なのだけれど。

少なくとも、仕事や人間関係で心が弱っているときに観ると、映画の絶望と自分の絶望が見事に重なってしまう。映画を観ているのか、自分の人生を反省しているのか、途中から分からなくなる。

元気なときなら、「すごい映画だった」と一歩引いて考えられる。弱っているときは、そうはいかない。

しかも、ただ悲しいだけではない。

観終わったあとに残るのは、

「……あれでよかったのかな」

という、答えの出ない問い。それが頭の中をぐるぐる回り続ける。

主人公セルマが現実から逃れるように想像するミュージカルシーンは、色鮮やかで、音楽も素晴らしい。だからこそ、現実との落差がえげつない。

なかでも「I’ve Seen It All」は、もう反則だと思う。

ビョークとトム・ヨークのデュエット。

でたよ、トム・ヨーク(大好き)。

曲そのものは美しい。ものすごく美しい。

なのに、この映画の中で聴くと、その美しさが絶望を増幅させる。

「こんなに素敵な曲なのに、なんでこんな気持ちになるんだ……」

と思いながら観ることになる。

そして映画が終わっても、終わらない。

「あれでよかったのかな」

「別の選択肢はなかったのかな」

「もし、あのとき……」

そんなことを考えてしまう。

映画を観たはずなのに、気づけば自分の中で勝手に反省会が始まっている。

救いのない映画が苦手な人には、絶対におすすめしない。

でも、映画を観て心を揺さぶられたい人には、一度は観てほしい。

ただし、観るなら覚悟を。

翌日から元気に日常生活へ戻れる保証はありません。

何度もいいます。私は、1週間かかりました。


『ダンサー・イン・ザ・ダーク』作品情報

項目内容
作品名『ダンサー・イン・ザ・ダーク』
原題Dancer in the Dark
公開年2000年
製作国デンマーク
監督・脚本ラース・フォン・トリアー
音楽ビョーク
出演ビョーク、カトリーヌ・ドヌーヴ、デヴィッド・モース、ピーター・ストーメア ほか
上映時間140分
ジャンルドラマ/ミュージカル
日本初公開2000年12月23日
主な受賞第53回カンヌ国際映画祭 パルムドール、女優賞(ビョーク)

ハラカズコ

メディアライター

カテゴリー一覧
PAGE TOP

SENSE NOTEをもっと見る

今すぐ購読し、続きを読んで、すべてのアーカイブにアクセスしましょう。

続きを読む